世界遺産の【龍谷山 本願寺〔西本願寺〕】に参拝してきました。No.1

■龍谷山 本願寺(りゅうこくさん ほんがんじ)〔西本願寺〕
世界遺産の「龍谷山 本願寺(りゅうこくさん ほんがんじ)」〔西本願寺〕に参拝してきました。

 

「本願寺」は宗祖・親鸞聖人によって開かれた浄土真宗本願寺派の本山で、通称「西本願寺」と言われています。
 

本願寺は、文永9年(1272)に宗祖・親鸞聖人の末娘覚信尼(かくしんに)が門弟と共に京都東山の大谷に親鸞聖人の遺骨を移し、影像(えいぞう)を安置する廟堂(びょうどう)を建立したことに始まります。
 

その後、寺地は大阪、和歌山など各地を転々とし、天正19年(1591)に豊臣秀吉の寄進により現在の地に寺基(じき)が移されました。
 

さらに慶長7年(1602)徳川家康から烏丸七条に寺地が寄進され、翌年に御堂が建立されました。これを機に本願寺は東西に分立しました。
 

西本願寺は平成6年(1994)12月に「古都京都の文化財」としてユネスコより世界文化遺産に登録されています。
 

 

西本願寺・阿弥陀堂2

 

 

■阿弥陀堂門(あみだどうもん)【重要文化財】
「阿弥陀堂門」は境内東側にある二つの門のうち北側にある門で、重厚で装飾もきらびやかな門です。

 

 

西本願寺・阿弥陀堂門1

 

 

■御影堂門(ごえいどうもん)【重要文化財】
「御影堂門」は境内の東側にある二つの門のうち南側にある門で、一般的に参拝者や見学者は御影堂門か阿弥陀堂門から境内に入ります。
 

御影堂門は、阿弥陀堂門のような壮麗さはありませんが、荘厳で落ち着きのある門です。
 

 

西本願寺・御影堂門1

 

 

■総門(そうもん)【重要文化財】
「総門」は御影堂の前を南北に走る堀川通〔国道1号線〕を隔てた場所に建てられています。

 

阿弥陀堂門などに比べ簡素な造りになっています。
 

総門の東側は門前町で、通りには風情のある店舗が軒を連ねています。

 

 

西本願寺・総門2

 

 

■阿弥陀堂(あみだどう)〔本堂〕【国宝】 附 渡廊下(わたりろうか)並びに喚鐘廊下(かんしょうろうか)
 「阿弥陀堂」は、本願寺の本堂で堂内中央に阿弥陀如来像が安置されていることから阿弥陀堂と称されています。

 

阿弥陀堂は、宝暦10年(1760)に再建され、桁行45m、梁間42m、高さ25mの入母屋造り、本瓦葺きで、一度に800名以上が参拝できる木造建築物です。
 

また、阿弥陀如来像の左右にはインド・中国・日本の念仏の祖師七師と聖徳太子の影像が安置されています。
 

 

西本願寺・阿弥陀堂1
 

 

西本願寺・渡り廊下3西本願寺・渡り廊下4
 

 

■御影堂(ごえいどう)〔大師堂〕【国宝】
「本願寺御影堂」は、内陣中央に親鸞聖人の御真影(ごしんえい)が安置されていることから御影堂と称されています。
 

御影堂は、寛永13年(1636)に再建され、桁行62m、梁間48m、高さ29mの入母屋造り、本瓦葺きで、一度に1200名以上が参拝できる世界最大級の木造建築物です。
 

堂内は外陣と内陣に分かれており、外陣は多くの門信徒が参拝できるように特に広く作られています。
 

親鸞聖人の御真影の左右には本願寺歴代門主の御影が安置され、重要な行事はこの御堂で行われます。
 

 

西本願寺・御影堂1

 

 

■縁側と廊下の埋め木
「埋め木」とは、木材を補強や修復、再利用するために、亀裂や穴を木片で縫うことです。

 

何気なく歩いていると気づきませんが、じっくり探すと御影堂・阿弥陀堂の縁側や廊下にも動物や植物、モノなど様々な物をかたどった「埋め木」を見つけることができます。
 

単なる補強ではなく、できるだけ工夫を凝らした当時の大工さんの遊び心が伺えます。
 

 

西本願寺・埋め木3西本願寺・埋め木1
 

 

■手水舎(ちょうずや・てずみや)〔手水所〕【重要文化財】

 

西本願寺・手水舎2
 

 

■浄土真宗本願寺派伝道本部(じょうどしんしゅうほんがんじはでんどうほんぶ)
「浄土真宗本願寺派伝道本部」には、現在、緊急災害対策本部が設置されています。

 

 

西本願寺・緊急災害対策本部3
 

 

■天然記念物 大銀杏(おおいちょう)
境内には銀杏が比較的多く植栽されており、古くから防火樹の役割を果たしてきました。

 

なかでも、「大銀杏」は樹齢約400年で、まるで根を天に広げたような形から「逆さ銀杏」と呼ばれています。
 

また、本願寺が火災にあった時に水を噴き出して消し止めたという伝説から「水吹き銀杏」とも呼ばれています。
 

なお、昭和60年には京都市の天然記念物に指定されています。
 

 

西本願寺・銀杏2西本願寺・銀杏1
 

 

■太鼓楼(たいころう)【重要文化財】
「太鼓楼」は、境内の東北角に建つ重層の楼閣建築で、現在の太鼓楼は寛政(かんせい)元年(1789)に建築されたものとされています。

 

太鼓は、江戸時代には周囲に時刻を告げる合図となっていました。
 

なお、幕末、本願寺を一時的に屯所(とんしょ)としていた新選組による刀傷が、今も残っていると伝えられえています
 

 

●「新選組ゆかりの地」
新選組は、元治元年(1864)の「池田屋事件」以降、隊士が増え壬生(みぶ)の屯所では狭くなったこともあり、慶応元年(1865)に屯所を壬生から本願寺に移し、北集会所と太鼓楼を使用しました。

 

また、西本願寺は長州藩との縁が深く長州藩士を影から支援していたことから、西本願寺に屯所することで長州藩を牽制する意味合いもあったとされています。
 

なお、北集会所は明治6年(1873)に姫路の本徳寺に移築されました。
 

 

西本願寺・太鼓楼
 

 

 

この他にも「唐門」など幾つか歴史的に貴重な建築物がありますのでご紹介したいと思いますが、続きは後日にさせていただきます。
(参照:西本願寺ウェブサイト・パンフレット・案内説明)

 

 

 

兵庫 リフォーム NEXST 片山でした。

 
 
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