世界遺産の【龍谷山 本願寺〔西本願寺〕】に参拝してきました。No.2

■経蔵(きょうぞう)【重要文化財】
「経蔵」は第14代寂如(じゃくにょ)上人の時に建立が計画され、延宝(えんぽう)6年(11678)に完成しました。
 

方5間1尺7寸、棟高6間2尺の2重屋根で、屋上には古鏡千枚をもって造ったとされる銀宝珠が置かれています。
 

寂如上人染筆による「転輪蔵(てんりんぞう)」の扁額(へんがく)が掲げられています。
 

内部の八角形の堂が回転する構造となっていることから、「転輪蔵」とも呼ばれています。
 

経蔵には天海僧正の開版とされる「一切経(いっさいきょう)〔大蔵経〕」が納められています。一切経は第13代良如(りょうにょ)上人の時に江戸幕府から購入したものとされています。
 

西本願寺・経蔵1

 

 

■安穏殿(あんのんでん)
「安穏殿」は1階がブックセンターになっていて、浄土真宗の教えや歴史に関する出版物を取り扱っています。
 

西本願寺・安穏殿

 

 

■鐘楼(しょうろう)【重要文化財】
「鐘楼」は本願寺内にある滴翠園(てきすいえん)〔庭園〕の東北隅にあります。

 

鐘楼内にある梵鐘(ぼんしょう)は寺院において、おつとめがあることを広く伝えるために撞き鳴らされるものです。
 

初代の鐘は太秦の広隆寺から1600年頃に譲り受けたものとされ、珍しい木の「龍頭(りゅうず)」〔吊り下げ部分〕を持っています。
 

なお、初代の鐘は安穏殿の玄関横に保存されていて、現在の梵鐘は平成8年に寄贈された2代目になります。
 

西本願寺・鐘楼3

 

 

■飛雲閣(ひうんかく)【国宝】〔原則非公開〕
「飛雲閣」は、金閣、銀閣と共に「京都の三名閣」の一つに数えられる建築物で、
豊臣秀吉が造営した聚楽第(じゅらくだい〔てい〕)の一部ともされる、三層の楼閣建築です。
 

第1層は入母屋造りと唐破風(からはふ)で、第2層は寄棟造り(よせむねづくり)と唐破風、第3層は寄棟造と方形造り(ほうぎょうづくり)の形式になっています。
 

建物全体が非対称に造られているため、見る位置によって建物の景観が様々に変化し、見るものを楽しませてくれます。
 

 

 

■龍虎殿(りゅうこでん)
「龍虎殿」は本願寺の寺務所で参拝者の応接処遇の機能を果たす施設として活用されています。

 

西本願寺・龍虎殿

 

 

■旧仏飯所(きゅうぶっぱんしょ)
旧仏飯所は桁行4間、梁間3間の寄棟造り、本瓦葺きで、かつては両堂に供する仏飯を炊事していた建物でした。内部は東側半分が台所で、西側半分が板間となっています。

 

寺伝によると貞享(じょうきょう)2年(1685)に創建され、宝暦(ほうれき)年中(1751~)には再修が行われたことから、現在の建物は宝暦年間のものとされています。
 

当初は、独立した建物で北面西寄りに出入口が設けられていましたが、文化8年(1811)に改修が行われ、新たに西方の建物へとつながる渡り廊下が設けられました。明治以降の改修で渡り廊下は一部を残して撤去され、現在の姿になったようです。
 

西本願寺・旧仏飯所2

 

 

■書院(しょいん)〔対面所(鴻の間)及び白書院〕【国宝】〔原則非公開〕
「書院」は入母屋造りの本瓦葺きで、床、違棚、付書院を備え、豪華絢爛な金碧障壁画や彫刻で飾られた桃山時代を代表する書院造です。

 

書院は主に対面所と白書院からなりますが、もとは別々の建物だったようです。
 

「対面所」は上段と下段を合わせ203畳の大広間です。上下段の境の欄間(らんま)には雲中飛鴻の彫刻があり「鴻の間」とも呼ばれています。対面所の西側には雀の間、雁の間、菊の間など様々な部屋があります。
 

白書院は賓客をお迎えする正式な書院で、一の間、二の間、三の間からなります。
 

西本願寺・書院

 

 

■大玄関門(おおげんかんもん)
大玄関門は弘化(こうか)4年(1847)に第20代廣如(こうにょ)上人により新築されたもので、左右に門番屋を持つ重厚な門です。

 

大玄関門は名称の通り、公式な行事などで来賓をお迎えする際に使用される大玄関の門です。大玄関は書院へとつながっています。
 

西本願寺・大玄関2

 

 

■唐門(からもん)【国宝】
「唐門」は桃山時代の伏見城の遺構とされ、桃山時代の代表的な唐門の一つです。

 

桃山時代の豪華な装飾彫刻を全体に施した檜皮葺き(ひわだぶき)・唐破風(からはふ)の四脚門(しきゃくもん)です。
 

牡丹に唐獅子、竹に虎、麒麟に孔雀など数々の彫刻を眺めていると日が暮れるのも忘れるといわれることから「日暮門(ひぐらしもん)」とも呼ばれています。
 

西本願寺・唐門4
 

西本願寺・唐門7

西本願寺・唐門5

 

 

■伝導院(でんどういん)【重要文化財】
「伝導院」は明治45年(1912)に真宗信徒生命保険株式会社の社屋として建築されたものです。

 

外観は古典様式に基づくものの、開口部まわりや軒まわり、搭屋の形態などにサラセン様式や日本の伝統的な様式が用いられています。
 

現在は本願寺伝導院として浄土真宗本願寺派僧侶の布教・研修の道場となっています。
 

西本願寺・伝導院2

 

 

西本願寺は、京都の市街地に近いこともあり、多くの観光客や修学旅行生が訪れていました。また、門徒と思われる職員の方や緊急災害対策本部の関係者の方なども出入りされていて、京都という土地柄もあるとは思いますが、お寺と社会のつながりの深さを感じました。
(参照:西本願寺ウェブサイト・パンフレット・案内説明)

 

 

 

兵庫 リフォーム NEXST 片山でした。

 
 
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