世界遺産の【春日大社】に参拝してきました。No.1

■春日大社

世界遺産の「春日大社」に参拝してきました。
春日大社は、神護景雲2年(768)に御蓋山の中腹に社殿を造営し、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめかみ)の四柱の神々様を併せて御本殿にお祀りしたのが始まりとされています。

そして、今日も昔と変わらず、毎朝夕の神事の御奉仕を始め、年間1000回に及ぶお祭りが行われています。また、古来より藤原氏の氏神とされ、境内には厚い信仰の広がりを示す3000基近い燈籠があります。

 

トップ画像:春日大社
 

■一之鳥居(いちのとりい)

「一之鳥居」は、平安後期に創建され、現在のものは寛永11年(1638年)に再建されたものです。
現在は市街地の三条通りとの境界に当たりますが、かつては春日大社と興福寺旧境内との境に立つ高さ6.75mの大鳥居だったそうです。
春日祭や春日若宮おん祭の際には大きな榊が立てられます。

 

No.2:一之鳥居
 

■馬出橋(まだしのばし)

一之鳥居から萬葉植物園前にかけての表参道は馬場で、参道中このあたりだけ直線になっています。
「馬出橋」は、その始点で若宮おん祭の競馬はここから出走します。また八位の橋とも呼ばれています。

 

No.3:馬出橋
 

■雪消の沢(ゆきげのさわ)

「雪消の沢」は、表参道と循環バスの通りの交差点から東南に広がる芝生の原である「飛火野」の一角にある沢です。
また、古歌にもよく詠まれている早春の摘草の名所でもあります。

 

「春くれば 雪消の澤に 袖たれて まだうらわかき 若菜をそつむ」(風雅和歌集)

 

No.4:雪消の沢
 

■車舎(くるまやどり)(重要文化財)

「車舎」は、貞観元年(859)の創建とされる素木造(しらきづくり)の簡素な建物で、両側面を除いてすべて吹放しになっています。
二之鳥居より内は車馬の乗り入れが禁じられているので、春日祭や御幸の際、牛車などの乗物を入れた建物だと伝えられています。

 

No.5:車舎
 

■二之鳥居(にのとりい)

「二之鳥居」は、平安末期の創建とされ、一之鳥居より東へ約1.2kmの位置にあります。
この鳥居をくぐれば、いよいよ神域の感が強くなります。

 

No.6:二之鳥居
 

■伏鹿手水所(ふせしかのてみずしょ)

「伏鹿手水所」は、二之鳥居を入った祓戸神社の脇にある金属製の伏鹿の手水所です。
御本殿に参拝する前に、ここで手と口を清め、祓戸神社にお参りします。
なお、春日大社では、武甕槌命が白い鹿に乗ってきたとされることから、鹿は神様の使いとされています。


No.7:伏鹿手水所
No.8:鹿
 

■末社:祓戸神社(はらえどじんじゃ)

「祓戸神社」は、二之鳥居を入った所にある御社で、平安中期の寛弘3年(1006年)にはお祀りされていた古社です。
春日祭の祓戸の儀はこの御社前で行われます。

 

・御祭神:瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)
・御神徳:祓の神に坐す自らが犯した罪はもとより、知らず知らずに犯した罪をも心から悔改めて祈る時罪をお祓いくださる神様です。

 

No.9:祓戸神社
 

■着到殿(ちゃくとうでん)【重要文化財】

「着到殿」は、延喜16年(916)創建とされ、春日祭の折りに勅使(天皇のお使い)が着到の儀式を行うところです。
天皇行幸の際には行在所(あんざいしょ)としても使われました。
南(参道側)が正面ですが、東側を入母屋の葺き下しとし、そこから出入りします。

 

No.10:着到殿
 

■摂社 榎本神社(えのもとじんじゃ)

・御祭神:猿田彦命(さるたひこのみこと)

・御神徳:寿命を守り給う神様です。
               導きの神、道開きの神様です。


No.11:榎本神社
 

■額塚(がくづか)

この石は、宝亀3年(772)の雷火で落下した社額を埋納した「額塚」と伝えられる他、太古の昔、神様の憑代として祀られた「磐座(いわくら)」、或いは赤童子(春日若宮御祭神)がここから現れたとされる「出現石(しゅつげんせき)」、等諸説ある神石です。


No.12:額塚
 

「額塚」を通り過ぎ「南門」をくぐると、いよいよ御本殿のある回廊内に入ることになりますが、続きは後日にさせていただきます。
(参照:春日大社ウェブサイト・案内説明・パンフレット)
 

 

 

兵庫 リフォーム NEXST 片山でした。

 

 

 
 
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